2019
01.31

家と相続

家づくり・建築のこと, 開発者田中さんのブログ

我が子に語る家と暮らし  第3話 

家と相続 

最近は100歳でも健康に暮らしている、そんな方も少なくない。親は90代子供が70代孫も50代という例も珍しくはない。それだけに家の相続といっても色々な家族の風景が思い浮かんでくる。 

相続が争族に発展してしまうことも稀ではない。それも人の世の常であろう。ここではそうしたドロドロした話ではなく、無事 ? 有り難くも ? 結果として親の家を相続してしまった場合の事を考えてみたい。相続税などもうまくいったことにしておこう。 

親の家を受け継ぐ、そのとらえ方は地域や年代また個人によっても大きく異なるであろう。 

重く感じてしまう方、気楽にラッキーと思える方、資産運用を考える、二束三文にしかならない家など、受け取った方の心理と財布に大きく関わるのも家の相続であろう。 

結局、相続した家は「住む」か「売る」か「貸す」か「ほったらかしにする」しかない。 

親の家は、親と子という「心理問題」そして資産価値がある場合は「お金」という人生の二大問題に直面させてしまう場合もある。 

この世に生をさずけてくれた親、その親の死はまた子供に人生を深く考えるという財産をくれる、それが相続であろう。 

この世に生を受けた意味を問うても仕方ない事であろうが、生きている以上は全うしたい。死はその人にとってとても大きな意味のあることだろう。どんな死を迎えてもその死自体に良い悪いはないだろう。そして残される人は先に行かれる方を見送る。 

親の家の相続は、最期の生きざまであり、渡し方であり、見送り方でありまた受け取り方でもあるのだろう。重いがきちっと向き合わなければならないことだ。 

話は多少ずれるが、長生きになった現代その大きなテーマは健康のまま生き切る事であろう。75歳の健康寿命を過ぎると介護など人のお世話になる人が急増するといわれている。 

現実に2025年には我々団塊の世代が75歳以上になり、その人口に占める割合は20%になると試算されている。 

もしこの人数が社会のお世話になるようであれば大変なお荷物である。誰しもお荷物にはなりたくない。団塊の世代は競争世代と言われいかにも競争好きのように思われてきたが、もしそうであるならば、最期の競争をしようではないか。 

それは健康に生き切るという競争だ。 

健康寿命を阻害する大きな要因は、脳卒中、心筋梗塞それに伴う認知症といわれている。脳卒中も心筋梗塞も要は血管の問題であろう。健康な血液であれば大きな問題は起こりにくい。健康な血液は、毎日の食べ物と毎日の身体の動かし方いわゆる生活習慣、暮らし方だ。血管にいい生活をするのが我々団塊の世代の務めだと思う。その競争をしよう。そして子供たちに健康を相続する、それが最高の相続だろう。

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